2012年12月24日月曜日

冬定番の薑母鴨鍋  「覇王紅面」 ★☆☆

「覇王紅面」 ★☆☆
冬場のみ営業する鴨鍋専門店です。ベースの32種の漢方と生姜、鴨肉で煮込んだスープにキャベツや春菊などの青菜類、湯葉、キノコ類、鴨肉などを煮込んで食べます。体があったまり、そのうえ美味、台湾の冬場の定番料理です。日本の鴨鍋とは少し違いますね。

店名に紅面とあるのは鴨は鴨でもこの料理には赤い顔の鴨を使うからです。
沙帽山温泉の入口、ペンション悠遊村の次次次駅MRT石碑の駅近にある有名店です。露天風呂で体を癒し鴨鍋で腹を満たす、極楽ですね。
写真↴

2012年12月22日土曜日

小籠包おとな食べ歩き会開催

昨日、小籠包おとな食べ歩き会開催。9人乗り小型バスをチャーター、定員オーバーの10人が乗り込み中山のホテル前を11:00に出発。

当初予定は3時間を目途に4軒の味比べに挑戦、さすがみなさま強者です。結果は1軒追加の5軒を廻ってしまいました。企画のきっかけは超丸秘店の話をしたところ、連れて行って欲しいという希望が有り いっその事、特徴を持った数軒の食べ歩きツアーをやろうかとなった訳です。

美味しいものを食べてお疲れさんはないだろう と いう事で皆様のお腹にお疲れ様(笑)。ちなみに車チャーターを入れてNT$780/人でした。

各店の写真 評価↴

2012年12月20日木曜日

台北101カウントダウン花火

今年も残りわずかです。今年も恒例の台北101カウントダウン花火が開催されます。newsによるとフランスチームによる花火が188秒間に2万2千発打ち上げられるようです。

夕方の101、この撮影ポイントと同じ位置から12/31、花火で飾られた101を撮影します。

2012年12月15日土曜日

ジュディ・オングの好きな「林本源園邸」

「林本源園邸」☆
新幹線開通による駅前整備で随分きれいな町に生まれ変わった台北郊外の板橋、ここに広大な敷地の庭園があります。
榕蔭大池
 築山のトンネル。外部を除ける穴が開いています、明り取り?銃座?。

2012年12月14日金曜日

日本人なら必ず行くべき台北観光地  228紀念館

選挙戦真っただ中の日本、どの政党が政権を握るかなどという些少な観点はしりぞけ是非これを読んでいただき日本人を取り戻して欲しい。簫錦文(ショウギンブン)さんという一人の日本人の活動です。
『SNS趣味人倶楽部 ☆まりん☆さん 12/13日記より  許可をいただき転載しております』
台湾の二二八記念館で簫錦文(ショウギンブン)さんにお会いしました。
簫錦文さんはかつて日本兵としてビルマ前線に赴き、インパール作戦に参加し、戦後は二二八事件(国民党による台湾人虐殺事件)でひどい拷問を受け、銃殺される一歩手前で辛うじて生き延びたものの、その後に続いた白色テロで弟さんを殺されています。
簫錦文さんはドキュメンタリー映画「台湾人生」にも登場されていて、87歳というご高齢ですが、今も総統府と二二八記念館で日本語ボランティアをなさっています。
簫錦文さんは大正15年生まれで、17歳の時に志願して入隊しました。当時の台湾では徴兵制度はなかったのですが、志願兵の募集が始まり、面接と筆記試験があったそうです。
17歳から30代後半までの募集で、簫錦文さんは「はな垂れ小僧の自分など合格できない」と思いつつも、日本国存亡の危機に日本人として責務を果たしたく志願したら合格し、非常に驚いたそうです。それもそのはず、多くの台湾人志願者が殺到し、1942年の第1回の応募には1,000名の定員に対し425,961名(当時の台湾青年の14%に相当)の志願者が応募し、第2回には同じく1,000名の定員に対し601,147名もの応募があったのですから。

簫錦文さんが日本人に繰り返し伝えていることを書き留めます。↴
イギリスの植民地であったシンガポールに進軍した時のこと。シンガポールには華僑が多く、言語が通じるので話もした。驚いたことに、華僑達は教育というものを受けておらず、ほとんどの者達が文盲であった。台湾では日本統治下で教育が進んだ。学校教育がいき届き、当時でも85%以上の識字率であった。「同じ植民地とはいえ、日本でよかった。ああ、ありがたい」とつくづく思った。
日本軍は真珠湾を奇襲攻撃したと言われている。しかし、既にその前年にアメリカ軍が領空侵犯をして台湾を空撮している。これがその証拠写真である。(写真を見せてくださった)

人間は食べなくても一週間ぐらいは平気だが、水だけはなくなったらすぐに死ぬ。たまりかねて牛が歩いた後の窪みの水たまりの水を飲んだら赤痢になって死線をさまよい、担架に乗せられ移送された。カンボジアからバンコクの病院へと。そこで数ヶ月療養したが、傷病者が溢れていて、薬がなく墨の汁を飲まされた。そこで終戦の玉音放送を聞いた。
翌年、台湾に帰ったら思いもかけず支那籍(中華民国籍)にされた。日本が台湾を統治し始めた時には、台湾人は財産を売却して台湾から出て行くか、日本国籍となるか選択させられ、ほとんどの者が日本国籍となった。戦争に負けたとはいえ、この時にも日本と支那とを選択させて欲しかった。

戦争には絶対反対だが、あの戦争は負けはしたが無駄ではなかった。(何度も何度も繰り返し)
真の目的は果たせた。今のアジアを見よ。列強の支配から独立し、今の平和があるではないか。日本が戦争をしなければ今頃アジアはどうなっていたか。全て白人達に支配され植民地のままであったであろう。本当の日本は今のような姿ではない。日本の誇りを取り戻して欲しい。
日本は断じて侵略国家などではない。(繰り返し繰り返し)支那、韓国は金欲しさに日本を悪し様に言う。そうではない。
教育勅語は素晴らしい教えだ。(暗誦して聞かせてくださった)今の日本は自虐史観にとらわれ、教育勅語は戦争礼賛だなどという。どこにも、戦争に行けなどとは書いていない、素晴らしい教えが書かれている。戦後の日本人には先の大戦の真義が正しく伝えられず、自虐史観と共産圏コミンテルン浸透によって、愛国心を失い、国の根幹が溶けているようだ。自立観念を失い、独立国とはいえ、戦後の占領国が日本弱体化を意図して作った憲法をそのまま使っている。なぜ自分たちの憲法に改革しないのか、実に納得できない。

思えば、当時、我らが護国のため、必死になって国の行く末を案じ、280万余りの若い尊い命を犠牲にして散華された戦友のことを思うと胸が痛む。この真義を伝えようと、二二八記念館と総統府のボランティアに志願し、努力している。日本存亡の危機に日本兵として闘った、負けたとはいえ日本兵と同じ扱いをして欲しかった。恩給も年金もない。裁判をしたこともあったが、外国人と言うことで叶わなかった。しかしそれは日本が戦争に負けたのだから仕方がない、戦勝国の言う通りにするしかなかったのだと思うこともできた。自分が歳をとったということもあるが、金はもう要らない。
ただ、これだけは望みたい。

何度も変わる日本の総理だが、メディアを通じて「かつて日本のために闘ってくださった台湾の皆さん、ご苦労様でした。ありがとうございました」という言葉、それだけが欲しい。それさえ言ってくれたなら、もうなにも言うことはない。

二二八事件ではひどい拷問を受け銃殺手前ですんでのところで助かった。国民党は台湾人を9人ずつ並べて、手の平、足首に針金を通してつなぎ、海に連れて行き、頭を撃ち抜き海に流していった。国民党は台湾人から財産を奪い、収奪し金持ちになり、日本時代にはなかった汚職がはびこった。政治でも汚職がひどく金をばらまき、民進党がなかなか勝つことが出来ない。
かつて板垣退助が台湾人有志と共に台湾西側を演説にまわった時、各地で大変な盛り上がりであった。台湾デモクラシーの基礎を築いたといえる。これが台湾人が二二八事件で国民党の圧政に反抗する強さにもつながった。自分は高齢だが、昔の祖国日本の存亡が憂慮される。願わくば、一人でも多くの日本国民に大戦の真義を伝えたい。
ぜひ台湾に観光に来ていただいて、私にも会いに来ていただきたい。
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簫錦文さんは二二八記念館では火曜日の10時から午前中日本語ボランティアを務めていらっしゃいます。それ以外の日でも前もって予約があれば極力応じてくださるそうですので、皆さんも機会があれば、是非訪問なさってください。
現在の台湾が親日であるのも、こういう日本語世代の方々のおかげでもあります。時代と共にだんだん少なくなってしまうのが残念です。


簫錦文

2012年12月8日土曜日

台湾のイージーカード「悠遊カード」

悠遊カードの使用範囲が広がっています。コンのビニでの買い物、TAXIの乗車賃、台湾でもキャッシュレスの波がじわじわと広がっています。
写真↴

2012年12月5日水曜日

「金瓜石・九份」観光の後は美味しい海鮮料理はいかが?

「海園生海鮮餐廰」 ★★☆。
金瓜石・九份でレトロな老街、お茶、歴史建築などを堪能した後の海鮮料理は如何ですか。台北方向と逆方向の「南雅・鼻頭角」にあるこの店は観光客の姿のない海鮮料理屋さんです。
ここで試して欲しいのはイカスミ炒飯です。スミが新鮮なので全然生臭くないですよ、絶品です。

2012年12月4日火曜日

超お得な食事処 「駅桟」★★

「台湾料理「駅桟」 ★★

ペンション悠遊村から徒歩10分程度の所に駅桟私房菜という賄い料理の食堂があります。日本の「芸術新潮」という雑誌で5頁にわたり紹介された事もある、日本人大好きの家族が経営する居心地の良い食堂です。
日本人の口に合う家庭料理ではなく日本の街角に有る雰囲気の味付けが日本人に合う台湾料理のお店で、よく利用しております。

嬉しい事に陽明山に有る「馬槽花芸村」という人気の温泉の割引券がいただけます(入浴料NTD220がNTD80になる割引券です)。

今日の食事代はNTD650

「ペンション悠遊村」サイトへの移動ボタン⇒台北の民宿「ペンション悠遊村」



ローカル「集集」線の1泊旅

路線の改良工事で2010年3月から長期運休をするとのNEWSを聞いて、旧正月前に中部の収集線に1泊2日の行程で行ってみる事にした。レトロブームで日祭日は混んでいるだろうと思い火曜日をねらって行く。

今回は、一挙に終点「車埕」まで行き帰路、目星を付けた駅に立寄る事にする。2時間にⅠ本程度の便数との情報は持っているが最新の各駅の時刻表が手に入らなかったので、途中下車駅で次発時間を確認しながらの観光にする。

まずは台北から台中までの移動は9:42発10:34分着の新幹線を利用、料金はNT$595。新幹線「新烏日」駅から集集線の終点駅「車埕」まで乗換なしで行ける11:00発12:45着の電車に乗車。全長29.7km 全工程48分の旅だ。(台鉄には「台中」駅は無く駅名は「新烏日」になる。構内でつながっているので移動は簡単)

時間が許せば台北から海線の自強号(特急)で「彰化」へ、「彰化」から普通電車で集集線の入口「二水」まで、そこから集集線の旅「二水」「源水」「濁水」「龍泉」「集集」「水里」「車埕」と満喫し、帰りは逆コースをとり、「彰化」から台北へ山線で帰るのもおもしろいでしょうね。

台鉄には、「集集線」「平渓線」「内湾線」の三支線があり、なかでも、この「集集線」は最初にマスコミ取り上げられた事もあり、かなり観光化されている。この日は学校が休みの事も有り、ワイワイガヤガヤと学生が観光していた。

「二水」駅。日本時代の駅舎が現役で使用されている。近郊は以前はバナナの栽培で有名だったが現在は水田に変わっています。

集集線「二水」「源水」「濁水」「龍泉」「集集」「水里」「車埕」

駅写真↴

台湾の健康ブーム  無農薬野菜料理

「TINA」ハウス ★☆

医食同源の国、台湾で無農薬野菜料理が人気を集めている。蒋介石ゆかりの「慈湖」や大渓漁港で知られている「大渓」の「TINA」ハウスという農園に行った。

南国の天気は移り気で食事中から豪雨になりましたがのんびり食事とお茶を楽しみました。




ペンション悠遊村サイトへの移動ボタン⇒「ペンションBC悠遊村


鉄道ローカル線の旅 「平渓支線」

「平渓線」 ★★★
日本のマスコミで取上げられた鉄道路線「平渓線」はレトロ感覚が満喫できる支線です。
「平渓線」の魅力は車窓に移る山川の素晴しさ、レトロ&ノスタルジックな空気、老街を散策し人々の生活を垣間見る・・・・。この路線を楽しむには1日行程では無理だろうな~。

台北からは東部幹線の宜欄or花蓮行き列車で「瑞芳」迄1時間程度、「瑞芳」~「菁桐」間が40分程度ですので片道2時間程度の鉄道旅になります。台北からは「七堵」を過ぎた辺りから車窓の景色が田園風景になります。

《平渓線の駅名》
「瑞芳」「侯硐」「三貂嶺」「大華」「十分」「望古」「嶺脚」「平渓」「菁桐」

「瑞芳」
乗換駅、ホームで一日周遊券が買えます。駅前の「美食街」に当地名物の大きな筒状の鍋に貼り付けて焼く「胡椒餅」屋さんがある。当駅ホームには昔懐かしい駅弁売りがいます。
「侯硐」
当駅でも「1日周遊券」が販売されている。最近は猫村が売りの人気駅です。
駅前には「選炭場廃墟」が有り、石炭輸送の為の路線だった事が分かる。基隆河に沿って上流へ10分程度歩くと15軒ほどの集落が有る。村入口に「侯硐神社」の表示が有り急な50~60段の石段がある。しかし頂上附近には神社跡は無く休憩所のような物があるだけだ。頂上より逆方向へ降りてゆくと数段で朽ち掛けた木の鳥居、さらに数段下には石の鳥居がある。この田舎までは国民党官吏の目が届かなかったのか、破壊は免れていた。


「三貂嶺」
平渓線と宜蘭線の分岐駅です。
はほぼ1時間1本の運行で、全行程40分程度の汽車旅行になります。「台北」駅から「瑞芳」駅迄は1時間程度ですので片道2時間程度の旅です。
「侯硐」からは4分の乗車時間で着いた。歩いても良い様な距離だ。
訪れた時は、駅員2名、それとプラットホームの補修工事とトイレの新築をしている15名ほどの作業員、そして観光客の私1人だ。この駅は宜蘭線の分岐駅になっており、「平渓線」には「瑞芳」以外にここからの乗換えも可能だ。
改札らしき所を出ると「三貂嶺古道」の看板があり、その矢印方向に線路沿いの整備された歩道を進むと2~3戸の民家が有った。案内板によると、古道をさらに進むと3つの滝がり、小学校も有るそうだ。この山間の小学校に生徒がいるのだろうか?行ってみたくなったが、少し時間が足りない次回に。眼下からは、せせらぎの音、透き通った水、糸を垂らしている釣師きれいな美味しい魚がきっといるのだろう。次回は1日ぐらい時間を掛けて、古道を歩きたい。

駅舎で電車を待っていると駅員が日本時代の「トンネル」跡が有るのを教えてくれた。渓流の対岸の山肌にそれは確認できた。隊道入口には第7代総督「明石元二郎」揮毫の「至誠動天地」の文字が有るという事だが確認はできない。タイムスリップした様なこの小さな小さな駅舎の壁には防空訓練の額が掛けられています。

この1時間半の間に当駅を利用した客は地元民1人、この駅で「平渓線」に乗る事を選んだ親子4人連れ、1人のオバサン、そして私を入れた合計7人。この親子の観察で結構時間がつぶれた(笑)。
顔は中国系、親同士の会話は英語、親子の会話は北京語。私の推察・・・親は英語圏のチャイナタウンで生まれ育ち、子供は台湾で育ったのだろう。どうでも良い事だけど。

この駅はホームが長く、ホームから数10m先は両サイドともカーブになっている。また、分岐駅だからだろうか、この小1時間だけでも4~5種類の電車が通過した。撮鉄マニヤが喜ぶスポットが一杯有り、「瑞芳」駅の駅弁を買って、ここで写真を撮りながら一日過ごすのも悪くないだろう。


「三貂嶺」から終点「菁桐」までの区間は小雨がよく似合う美しい渓谷美が私達を慰めてくれる。この線に寄りそうように流れる基隆河の水はエメラルドグリーンです。そして美しい物には棘が有るの例えのように幾つもの瀧をかかえている。

「大華」
「三貂嶺」~「大華」間は渓流が線路に沿ってながれており心が癒される美しい景色が車窓一杯に広がります。
この駅から「十分瀑布」を観光し線路と並行する老街に独特の情緒が有ることで有名な次駅「十分」までのトレキングも面白いコースです。

「十分」
道路、線路、民家が平行線に並んでいて柵が無い。なぜか50~60年前に、タイムスリップした様な感じがした。至近距離で列車が通過する横で、何事も無いように生活する人々、私はこの雰囲気大好きだな~。昔懐かしいラムネを飲んだりして、老街(古い街のことをこういいます)をひとしきり楽しんだ。「十分瀑布」は安全面に問題が有るとして、裁判所の営業停止命令書類が貼ってあった。

戦後、大陸からやってきた国民党が日本の痕跡を消す為、土中に埋めた石碑が掘り起こされました。この地の戦後教育を受けた人達は、この石碑が掘り起こされ始めて、この一帯の開発を日本が行った事実を知ったようだ。この石碑の所有者は「国民党政府は台湾の歴史を全然教えなかった。我々は自分の国の歴史を殆ど知らない」と嘆いていました。

「望古」
「嶺脚」
プラットホームが全体的に湾曲している。
「平渓」
路線の名前になっているだけの事はあって大きい町だ。日本時代の面影を残す木造建築が軒をならべる老街がある。老街の入口に橋が有り偶然に見上げた10mほどの陸橋を列車が通過する。なんと写真撮影に成功、衰えたとはいえ自分の反射神経に大満足。

橋を渡り右に曲がると緩やかな坂道、左手に有る郵便局の前で、若いカップルが「天燈」を上げている。旧暦元宵節には、数多くの「天燈」が夜空を舞うようです。気球と同じ仕組みだね。

「菁桐」
車中では東京から訪れた初老のご夫妻との楽しい会話もあった。数日前の毎日新聞に「平渓線」が掲載され、思わず来てしまったとの事。「集集線」同様マスコミに取り上げられている、静かなブームである事を願ってます。
この駅舎は台湾で保存されている、4つの日本式木造駅の一つであると紹介されていたが?。
1929年建築だから80年前の建築物だ。よくここまで大事に保存されているなと、感嘆すると共に感謝だ。



線路の柵沿いに「願いが叶う筒」と云われている無数の竹筒がぶらさがっている。
《説明文》1960年代、ある鉄道員とアイスキャンディ屋の娘が線路の柵を隔てて恋をした。その恋物語をイベント業者がバレンタインデーのイベントにし現在も続いている。

改札を出て右手に進むと小さな老街、更に歩くと「民生橋」。橋のたもとを下っていくと、最初に日本時代の建築物「太子賓館」があった。日本時代は鑛業会社の社員訓練所、その後、佛教関係の修行所になり現在は修復工事中だった。
さらに進むと日本家屋が数戸有り、独特の雰囲気を醸し出していた。悲しい事に放置されたままで、崩壊寸前の家もある(酒井法子のポスターが貼られている)。
日本家屋を利用したコーヒー館があり、休憩したが、観光地料金だった。


雨の都、基隆(Keelung)★★★

基隆(Keelung)台湾南部の高雄港と並ぶ台湾の二大国際貿易港。日本統治時代には石炭の内地への積み出し港また敗戦時は台湾に入植していた日本人の多くがこの港から内地へ帰っていきました。現在は基隆~沖縄間の国際フェリーが運航(有村産業)されています。
この地域の観光キーワードは海岸と魚介類です。

「和平島海浜公園」★☆
基隆港東側の海に突き出た和平島にあり波に浸食されて出来たキノコの形をした岩が建ち並ぶ海岸線。公園の入り口附近には魚市場料理店が有り、なかなか美味です。

「野柳風景区」★☆
波に浸食されて出来たいろいろな形の奇岩のある海岸です。クレオパトラの横顔岩、燭台岩、像岩など。

「基隆夜市」★
魚介類を中心とした夜市です。仁三路と愛四路の交差点付近に多くの屋台が出ています。

「仏光山 極楽寺」☆
大雄宝殿にある玉製の釈迦仏が有名。中正公園の南側 信二路に面した場所にある。

「中正公園」★
基隆港の東側の緑地にある公園です。二二八記念公園、忠烈祠、仏教図書館、の白い観音像、基隆市史跡館などがある。日本統治時代に「台湾八景 旭ヶ丘」として知られた場所です。

「仙洞」☆
基隆港の西側の中山区に位置する巨石で出来た洞窟です。洞窟の壁面には多くの仏像が彫られています。

「白米甕砲台」★
オランダがこの地を支配した時代(17世紀中頃)に築いた砲台跡。現在の形は日本軍が改築した姿です。仙洞付近の地上部。

「二沙湾砲台」☆
アヘン戦争時(1840年)に、基隆をヨーロッパ列強諸国から守るために築かれた砲台です。清仏戦争(1884年~1885年)で砲台は破壊されたが現在は整備され展望台となっています。

写真↴

2012年12月3日月曜日

東北角海岸

奇岩を見学、クジラやイルカのウオチング、砂浜や海岸線の散歩、マリンスポーツに興じる、漁村で海鮮料理に舌鼓をうつ、温泉浴を楽しむ、等々自然を相手にゆったりする観光コースです(^^)。

「南雅」
「鼻頭角」★★☆
一度は行きたい海鮮料理屋さん「海園生海鮮餐廰」。観光客の姿は見かけません。
「龍洞」
「澳底漁港」
「鹽寮」★★★
鹽寮臨海公園(台湾割譲によって日本軍が最初に上陸した地点。上陸記念碑はは抗日記念碑に変わっている)

「福隆」
海水浴場、福隆弁当で有名。
「卯澳」
漁村には石組家屋が残っており、伝統の集落が保存されている。
「三貂角」
「石城」
「大渓」★
亀山島が軍事管制区域になった時に亀山島の漁民が移住した漁港。
「北関」
「外澳」

「ペンション悠遊村」サイトへの移動ボタン⇒台北の民宿「ペンション悠遊村」


九份観光にはバスが一番  

台北市内から金瓜石・九份への観光だけなら基隆客運バス1062が一番手軽です。
【バス停】
MRT板南「忠孝復興」1番出口を出て復興南路に沿って1~2分歩くと有る「TASTY西提牛排館」の前から出発します。
【時間表】
時間表URLは http://passwd.sg1008.myweb.hinet.net/27.htm ですが概ね下記の様なタイムスケジュールで運行されているので折角の観光、出発時間など気にせずノンビリ構えたらどうですか。
平日のピーク時は15~20分間隔、それ以外は25~30分間隔で運行されています。
土日祭日は10~20分間隔で運行されています。
高速道路は走る為立ち席は有りません(定員45名)
【料金】
料金URLは http://passwd.sg1008.myweb.hinet.net/15.htm
☆台北-金瓜石 115元
☆台北-九份 102元
☆台北-瑞芳 84元
☆瑞芳-九份-金瓜石は一律15元
※釣り銭はもらえませんので小銭の用意が必要です。「悠遊卡」の利用がディスカウントも有りお勧めです。
【帰路のご注意】
九份老街入口の7-11前バス停を利用するほうが次便待ちが少ないでしょう。
平日   :18:15 18:45 19:15 19:45 20:15 20:35 20:55 21:25(最終便)
土日祭日:18:00 18:10 18:20 18:40 19:00 19:20 19:40 20:00
       20:20 20:40 21:00 21:20(最終便)
【路線図】


  


2012年12月2日日曜日

【九份】観光

「瑞芳」風景地区  ★★★   老街、夕陽、レトロの旅

【九份】観光スポット
「九份老街」「昇平戯院」

【金瓜石】観光スポット
「黄金博物園区」黄金館・四連棟(日本人職員宿舎)・錬金楼(来客の宿泊施設)・環境館(職員食堂)・太子賓館・第五坑道・黄金神社・三毛菊次郎邸・金水特展室(鉱夫食堂)・和風建築宿舎集落・鉱夫病院遺跡・捕虜収容所遺跡

【その他】
「基隆山」「無耳茶壺山」「黄金滝」「十三層遺址」

【アクセス】鉄道利用の場合。
(1)台北駅より東部幹線の宜欄or花蓮行き列車に乗り瑞芳駅にて下車。駅前より「基隆客運」のバス(no.825)若しくはTAXIに乗車。(九分まで15分、金瓜石まで20分)
(2)台北駅より東部幹線の基隆行き列車に基隆駅にて下車。駅前より「基隆客運」のバスに乗車。

【アクセス】バス利用の場合。
(1)台北市内のMRT忠孝復興駅1番出口付近のバス停留所より「基隆客運」のバス(no.1062)に乗車。瑞芳⇒九分⇒金瓜石。
写真↴

2012年11月30日金曜日

ワンタン事典

中華圏の料理の総称として中華料理という言葉を使うなら間違いなくワンタンは中華料理ですね。そして私達日本人は雲呑と書きワンタンと読みます。が、世界は広いではなく中国は広い。

香港人⇒雲呑(ユイントン)、四川人⇒抄手(ツァオソオ)、福州人⇒燕餃(イエンチャオ)、台湾人⇒扁食(ベンシー)、その他中国人⇒餛飩(フオントエン)。
カタカナで表記している読み方は中国語話者に言っても通じないでしょうが台湾人にはベンシーと言えば通じます。

ワンタン一つにしても、単語も違えば食べ方も違います。例えば四川人の食べるワンタンはスープ無しで辣油にワンタンをつけて食べます。また福州人の作るワンタンの皮は肉を薄く引き伸ばし乾燥させた物から作るので非常に手間のかかる料理になります。其々がお国自慢なんですね。

写真↴

和牛が食いたい⤴

台湾の牛肉王と云われているKに招かれ忠興復興にあるシャブシャブ店で会食でした。

 テーブルの横に並べられた今夜の牛肉の友たち。Glenfiddich18’にモンダヴィーのメルロー2008’。
米国牛の 肩ロース&カルビー⇒生後5ヵ月のオーストラリヤ羊⇒豚シャブ⇒台湾産牛肉などなどのフルコース。
 箸休めの和風ドレッシングのサラダ
 豚トロをアンデスの岩塩でいただく
 最後はトコロテンを酢醤油でいただく

う~ん、タレもゴマダレとポンズが用意されていて悪くは無いんだけど、やはり和牛を食いたい⤴
ペンション悠遊村サイトへの移動ボタン⇒「ペンションBC悠遊村

2012年11月28日水曜日

飲茶バイキング(食べ放題)

ペンション近所のバイキング式の飲茶料理店。御一人様450+10%で食べ放題。結構いけるんですよ。
写真↴

2012年11月21日水曜日

趣味を生かした地域活動は楽しいね~

地域活動の一環として悠遊村村長さんが開いている手芸教室から生まれてきた作品です。見事に変身を遂げた古布を再生した箸入れです。お洒落な箸入れからmy箸を取り出し食べる食事、考えるだけで料理が美味しくなりますね。
写真↴

2012年11月20日火曜日

秋は何故寂しいのでしょうね。

銀杏並木は色づいたかな~なんて思いながら古い写真をめくる今朝です。季節の移り変わりを葉の色で感じていた当時が懐かしいなんて感傷に浸る今日この頃です。夫婦で競った銀杏拾いも楽しい思い出です。
銀杏並木写真↴

2012年11月18日日曜日

アットホームなカルチャースクール

毎週土曜日に開かれている手芸教室の様子です。自分の趣味の為に、あるいは子供の教育の為にと思いはいろいろ。物を作る楽しさが目的のアットホームな雰囲気に溢れた教室です。
写真↴

2012年11月17日土曜日

西門に有る滷味の老舗

「西門」は大阪でいえば難波・心斎橋、東京では????に雰囲気の似ているところなんです。ここに居ると一瞬自分が日本に居るのと錯覚するような気持ちになりますね。だけど、この店は台湾独特の物を売っている老舗です。
写真↴

2012年11月16日金曜日

お洒落な戦前から有る老舗喫茶店、明星珈琲館

明星珈琲館」 ☆☆☆
戦前からの老舗喫茶店で、台湾文学の作家達が熱い討論を交わした場所と云う事です。それはさておきクラシカルな中にもモダンさの漂う、ゆっくりくつろげる良い雰囲気のお店ですね。

戦前の写真。同じ場所同じ建物で営業されています。
「ペンション悠遊村」サイトへの移動ボタン⇒台北の民宿「ペンション悠遊村」


2012年11月12日月曜日

ワイン木箱収集

収集癖って面白いですね。本人には価値があっても他人から見ればガラクタ。それでもいいんです。ワイン木箱の使い道。箱の下にコマを付ければお洒落な物入れに早変わりします。例えば道具入れ、流し台下の調味料入れなどなど。他にも花壇や室内インテリヤの本箱、小物入れ,壁掛けなど。面白いですよ。


「beausejour becot」 2001'  ★★★

「carbonnieux」 ★
Bordeaux  Pessac-Leognan村。ボルドーでは珍しくこの村は白も産出し独自のAOCを持っています。
エチケットにハートのマークがはいっており、結婚式のテーブルにセットされることがある。話題性で価格は高めですが味わいは・・・・・・。


「cheval blanc」 1994' ★★★★

「clerc milon」 1993' ★
Bordeaux Medoc Pauillac AOC第5格付け。1970’にMoutonno傘下に入ったシャトー。以来力強いワインをつくっています。

「marquis de las cases」 1988' ★★

「cos d'estournel」 1999' ★★★★

「Ch.La Grave」
Bordeaux 右岸Pomerol出身。Moueix社所有のLa Grave a Pomerolとは別の物である。

「Haut Batailley」 
Bordeaux Medoc Pauillac AOC第5級格付け。[ch.Grand Puy Lacoste]と元は同じ畑だった。優しいワイン。

「de Sales」
Medoc 右岸Pomerol。小さな地所のシャトーの中で47haの最大シャトー。中味はそれなりの感じ。

「Ducluzeau」
Listracに有る面積4haの小さな地所からメルロ90%のワインを作る異色のシャトー。Medoc第2級格付けのDucru-Beaucaillouの姉妹シャトー。

「La Dame de Montrose」
Bordeaux Medoc St.-Estephe AOC第2級格付けMontrosenoのセカンドワイン。
力強い深い色調の昔風のclaretなので若いうちに飲むのであれば、このセカンドワインが手頃だ。

「faugeres」

「grand puy lacoste」 

「haut batailley」 ★
Bordeaux Medoc Pauillac AOC第5級格付け。[ch.Grand Puy Lacoste]と元は同じ畑だった。優しいワイン。

「de sales」 1994' ★

「domusaurea」 ★★

「ducluzeau」 2001' ★
「la dame de montrose」
Bordeaux Medoc St.-Estephe AOC第2級格付け。力強い深い色調の昔風のclaret。若いうちに嗜むのであれば、このセカンドワインが手頃だ。

「la grave」

「la tache」 (Romanee-Continの妹分) ★★★★
Vosne-Romaneeに有る面積6ha、産出量わずか1500csの地上最良の葡萄畑の一つ。いつも深い色調で芳香に満ちた豪華なワインである。

「 la tour de mons」
  

「lafit rothschild] ★★★★★
Bordeaux Medoc Pauillac AOC第一級格付け。えもいわれぬ芳香と品格を備えたワインを生む。数十年寝かせることができる。

「lagrange」 
Bordeaux Medoc Saint-Julien AOC第3級格付け。1983’サントリーが買収、ワインも格付けに似つかわしいものになる。PomerolにMoueix社の経営する同じ名前のシャトーがある。

「latour」 ★★★★★
Bordear Medoc Pauillac AOC第一級格付け。奥行きが深く強烈そして不滅の感がある。

「les forts de latour」 ★★★ 
latourのセカンドですが別シャトーと捉えるべきかも。かなりの高額で取引されています。

「lynch bages」 ★★★
1855'のAOC格付け第5級ながら1級シャトー並みの価格で取引されるMedoc-Pauillac村の花形ワインのひとつ。「常に強靭で芳醇、濃密でブラックベリーのフレバー」を楽しむファンの支持を得ています。

「moulin saint-georges」 ★★

「pavie」 ★★★

「Duluc」
Bordeaux Medoc st.JulienのBranaire Duluc Ducruのセカンドワイン。

「Dassault」
Medoc右岸st-Emilion村Grand Cru Classe。むらの無い真面目なワイン。

「Potensac」
Medoc北部のCru Bourgeois級。

「Laland Borie」
Bordeaux Medoc stJulien ch.Ducru-Beaucaillouの生まれ。ch.lagrangeの昔の葡萄畑の一部を利用して作る。

「La Tour de Mons」
Bordeaux スサンマルゴー村。1995’以降Saint-Julianのch.Talbotの醸造技術者がワイン作りの監督をしておりレベルが上がった。


【ch.Cheval-Blanc】 ★★★★★  最も愛する1本です
【産地】France A.O.C. Bordeaux St.Emilion
【地区】St.Emilion
【格付け】Ausoneと並びSt.Emilion地区格付けClasse-A 
【特徴】CF100%から作られるワインは強烈な力強さを持ち芳醇、芳香に満ちている。
【保有】1993'/2B 1994'/6B



フランスから美味しいワインを運んだ木箱は、ゴミ袋掛けという新しい任務に就いております。
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