2014年2月7日金曜日

白色テロの受難者「郭振純」 

1925’(T14)生まれ御年88歳の郭振純さんが22年2か月の気の遠くなるような火焼島(緑島)での獄中生活を振り返り作られた誌です。映像には若かりし日の郭振純さんと銃殺に処せられた許婚が映されています。
現在の郭振純さんは景美人権博物館で歴史の生き字引としてボランティアガイドで活躍されています。

このような方がいらっしゃたからこそ今の日台友好があります。是非是非早い時期に「景美人権博物館」を訪れていただきたいと思っております。また、お越しの際は予約を入れておかれた方がよろしいかと存じます。


()(しょう)(とう)に生きる  作詞 郭振純

一、   黒潮洗う磯踏みつけて

  たらちねの母よと見やる

月影に降る流星(ほしの)(あめ)

こぼるる母の涙花

ああ火焼島の夜は呪わしき、ああ火焼島の夜は呪わしき


二、   (けな)()に匂う野百合手折(たお)りて

  生ける窓辺に月明かり

  揺り籠揺らす御手(まが)

  (かす)かに聞こゆあの子守歌

  ああ火焼島の夜はいと長き、ああ火焼島の夜はいと長き

三、   焼け付く珊瑚礁(いし)が肩に食い込む

  (むご)き仕置きの明け暮れを

  めげずに強く生き抜きて

  止まらぬ母の涙(ぬぐ)わん

  ああ火焼島の夜は長くとも、ああ火焼島の夜は長くとも


youtubeのタイトルは私が勝手に付けた物であり郭振純さんの誌名ではない事をお断りいたしておきます。